2010年12月アーカイブ

物心ついたとき、すでに父は他界していた。聞けば、私が生後8か月のころだという。父という存在はどんなものなのか、知らない。「素晴らしい人だった」と祖父がいえば、「あんなに手術の上手な外科医はいなかった」と大叔母がいう。「優しい温厚な人だった」と祖父の弟が言えば、「とてもハンサムでもてたのよ」と母がいう。どれも父なのだろう。そんな父の力をいつも背中に感じながら私は大人になった。立派な父に恥じない人生を、といつ頃から思うようになったかは覚えていない。

「お父さんがいなくて淋しいでしょ」と近所のおばさんがいうと「やっぱり男親がいなくちゃね」とパン屋のおばさんがいう。どちらの意味もわからない。なぜなら、父という存在を知らないからだ。余計な御世話だと思いながら、笑ってすごした。二人揃っていなければならないものが、ひとつ欠ける。それが運命であった場合、その運命を受け止めて、明るく生きる道を自分で探すしかない。で、なければ、負けてしまう。それは損だ。

大人になり、結婚して、子供ができて初めて、父親という存在が分かった。子供にとってとても大切な役目を担っている父親。母親とは違う愛情の在り方。
父と母、祖父と祖母、周りの大人たちなど、さまざまな愛を豊かに受けて育つ子供は幸せである。今、それが欠けている。だから、いろいろな事件が起こる。父がいなければ、祖父が、母がいなければ、近所のおばさんが子供たちに愛情を注ぐ。そういうことが、昔はあったように思う。それが大人の仕事だったからだ。

私たちのいちばんの仕事。それは金持ちになることでもなく、有名になることでもなく、人より抜きんでることでもない。私たちのいちばんの仕事、それは「幸せになること」だ。小さなことに幸せを感じる力があれば、だれでも幸せになれる。その感じる力を育てる栄養、それが愛情ではないだろうか。

触ったことも見たこともない父の力を、私は今でも背中に感じることがある。その力に支えられて今がある。見えないものの愛の力さえ、その気になれば、感じることができる。それが私たち人間に与えられた能力である、と思っている。信じている。
この記事のURL / コメント(0) / トラックバック(0)

プロフィール

蟹瀬 令子

かにせ れいこ

上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

カテゴリ